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2009.01.20

nothing change, but nothing's the same

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黒澤明は、やっぱりイイなあ。

■ 八月の狂詩曲     黒澤明    1991

前に見たときは、反核のメッセージばかりが残ってあまりいい印象はもってなかったんだけれど、
あらためて見直してみると、この映画が家族を描いた物語だったことに気がついた。

おばあちゃんと原爆で亡くなったおじいちゃん、おばあちゃんの12人の兄弟姉妹、ハワイに移民
したおばあちゃんの弟とその子供、おばあちゃんの4人の孫とその親(子供)たち、映画に出てくる
のはこの家族だけ、これは日本の昭和の家族の物語だ。

この作品に出てくる家族の一人一人が、それぞれに違うカタチの「愛」をもっていて、それが映画
の中でひとつの音楽のように巧みに紡がれる。

あるときは抽象的に、あるときは具体的に。

縦男の手で少しずつ調律され回復していくオルガン、焼け溶けた爆心地のジャングルジム、行進
する蟻と薔薇、つれあいを原爆で亡くした老人の無言の会話、鉈吉の駆け落ちと落雷で心中した
二本杉、「ピカ(原爆)」の目の絵ばかり描いていた鈴吉、碧の水をたたえた滝壺、信次郎の河童、
「倶會一處」を祈る8月9日の念仏堂、

そして雨の中のラストシーン。

爆心地にいるおじいちゃんの幻影を追いかけて、風雨のなかを駆けるおばあちゃん、4人の孫と
2人の子供がずぶ濡れになりながらそれを追いかける。
おばあちゃんの傘が一陣の風に逆立ち、それにオーバーラップしてにシューベルトの 「野バラ」が
響き、スローモーション。

映画でしか表現できない映像と音の美。

この映画は、このシーンにむかって撮られているにちがいない。

タイトルが狂詩曲だから、ひょっとしたら鉦おばあちゃんは狂ってしまったのかもしれないけれど、
おばあちゃんと同年代の人が撮ってる映画なんだから、あの瞬間におばあちゃんは、そして
ひょっとして監督自身も、なにかの軛から解放されたのだと信じたい。

you shall be released, Kane-san.

「お祖母ちゃんは、今や一個の凄惨な詩と化して、
横なぐりの風雨の中をよろめいて行く。
そして、雨と風を衝いて、
お祖母ちゃんの4人の孫と2人の子供がそれを追っていく。
それは、不思議な状況である。
悲痛だが、滑稽でもある。
涙ぐましいが、頬笑ましい。
そして、
世にも美しい光景だった。」

大雨と旗(おちょこになった傘は、歓喜の旗に見える)は黒澤映画の象徴のようなモチーフだ。

21世紀の今から振り返れば、この映画で表現されている家族のカタチは、もう無くなってしまった
懐かしいものの記録ようにも思えるし、今もどこかにまちがいなく存在する普遍的な日本の原風景
のようにも思える。

庭の石と同じように、作品そのものが変わるわけではないのだから、変わったのはきっとそれを
観ている自分自身なんだろう。

「文句なしにいい作品というのは、そこに表現されている心の動きや人間関係というのが、俺だけに
しか分からない、と読者に思わせる作品です、この人の書く、こういうことは俺だけにしかわからない、
と思わせたら、それは第一級の作家だと思います。( by 吉本隆明)」

映画にせよ小説にせよ、あるいは音楽にせよ、観るたびに違うものが見えてくるというその奥行きは、
優れた art piece だけがもてるものなんだ。

この映画に出演したリチャード・ギアは彼のことを「 a national treasure(国宝)」だと言いきっている、
「 You’re very lucky to have him 」とも。

センセーショナルな大作ではないけれど、この「八月の狂詩曲」は、映画作家としての黒澤明の、
きらりとした輝きを感じられるメロウな佳作だ。

それにしても、この前の movie のエントリーが、ゴダールの「気狂いピエロ」、こんどが「八月の狂詩曲」、
どうしてこんなに「狂」に引き寄せられてしまうんだろう。

 

この時期比較的単調な本買が続く。
この単調なトレーニングを積んどかないと果実にならないのはスポーツと同じ。
Luck の女神はなんの予告もなく降りてくるからね。

修行にならないように、できるだけ大胆にやっていきたいな。 

 

■ Look ! Sibyl Heijinen   シビル・ハイネン   京都国立近代美術館     20070619

シビル・ハイネンは1961年生まれのオランダ人女性アーティスト。

この本は、2007年京都国立近代美術館で開催された「シビル・ハイネン:テキスタイルアート
の彼方へ」という企画展の図録です。

テキスタイルアート(ファイバーアート)は、布地や繊維を3次元的な立体素材ととらえ、オブジェ
やインスタレーションを制作するもので、70年代に始まった新しい表現のスタイル。

多層構造の柔らかな立体、皺のアート。

この本に掲載されているハイネンさんの作品には、金属や木材とまったくちがう表情があります。

テクスチュアとか素材感が大切な要素になる作品ですから、画像だけだと隔靴掻痒の感は否め
ませんが、それでも、テキスタイル=染めと織り という一般的な概念をくつがえすだけのインパクト
はあり、美術が新しい知覚への扉だとしたら、このハイネンさんのテキスタイルアートは、その
役割を充分果たすものではないかと思います。

日本とオランダの通商条約が結ばれてから400周年ということで、「日本オランダ2008-2009」
という公式のイベントが今開催されていて、ネットを見ると、このハイネンさんの講演会が桑沢
デザイン研究所で行われたという情報がありましたから、ひょっとしたらまだ日本にいらっしゃる
のかもしれません。

■ フランスの伝統色     城一夫     ピエブックス   20081123 初版第1刷

エルメスのオレンジ、ボルドーの赤、モネのブルー、ゴッホの黄、ブルゴーニュの葡萄色。

少し前にアップした「日本の伝統色」もなかなか味わい渋い色がそろっていましたが、フランス
の中間色にはなんともいえない上品さ(これを「エスプリ」というんでしょうか)が漂っています。

「日本の伝統色」でもコメントしていますが、色の本ですから、その色がどれだけ美しく紙の上
で再現(印刷)できるかがポイントなんですが、前作同様にしっかりと校正されていていい感じ。

すべての色にCMYK、RGB、マンセル、WEBといったデータがついているのも fine play ですね。

色の世界でフランスという国がはたしている役割の大きさをあらためて感じます。

                              
■ 池波正太郎自選随筆集 上巻・下巻   池波正太郎   朝日新聞社  19880115 第1刷

自選というのがなかなか微妙なところ。
恥ずかしいものの中に珠玉がひそんでいることだってよくあるし、やっぱり自信作は自信作
らしい恰幅を備えていたりもするし。

まあこの人の随筆集であれば間違いない、きっと本を読むことの愉しさを味わわせてくれる。
本業である鬼平や梅安の時代小説はもちろん無類の面白さだけれど、食べ物や旅のこと
などを綴ったエッセイの奥行きのある軽みは、ある種の達人にしか醸しだせないものだろう。

「上巻には食べ物、旅、散歩、下町、家族のことなど六十二篇、下巻には時代小説、芝居、
映画など五十篇及び日記を選び収録した。」

すぐに読みたくない。
ゆったりとした時間の中で、じっくりと一話ずつ読んでいきたい一冊(全2巻)です。

 

■ バーナード・リーチの日時計      C.W.ニコル   角川選書  19820830 初版 

タイトル買い。

焼き物に興味のある人間にとって英国人バーナード・リーチの名前は強い引力をもっている。
柳宗悦の「民芸運動」にとって欠かすことのできないこの人の足跡は、全国各地の窯場に
残っていて、スリップウェアという英国独特の技法に関しては、この人抜きに語れない。

と、ここまで書いたけれど、実はこの私小説のようなエッセイは、彼が出会った中省吾という
リーチの日本でのパトロンだった老人とニコルさんの出会いにまつわる物語で、バーナード
リーチのことが積極的に書かれているわけではなかったのだった。

 C.W.ニコルさんのことは寡聞にしてよくわからない。

エッセイが5篇、どれもそれなりに面白そうではあるけれど、サブタイトルが「青春の世界武者
修行」、表紙の謳い文句が「世界を家として生きる思考する冒険家の生エッセイ」という、まあ
センスの欠片もないもので、これでかえって損してるんじゃないかという気がしないでもない。

別所哲也ではなく、この人こそが「ハムの人」でしょう、本とは関係ないけど。

■ 日本の不思議な宿      巌谷國士     平凡社     19951030 初版第2刷

フランス文学者、シュルレアリズム研究家、そして澁澤龍彦の畏友でもある巌谷さんによる旅行記。
今は亡き雑誌「太陽」に2年にわたって連載(93-94)されたエッセイで、「ユーロッパの不思議な町」、
「アジアの不思議な町」につづく、「不思議」シリーズの第3弾になる。

「むしろ一見ふつうであり、正統的・伝統的なものであっても、こちらの感覚が微妙に反応して、
いわくいいがたい驚きをよびさまされるような場合、それを『不思議』と呼んでおくことにしたい。
英語ならワンダー、フランス語ならメルヴェイユだろうから、ニュアンスは『驚異』に近い。」

建築、文学、美術、町、風景、見世物、記憶、思い出、デジャ=ヴュがキーワード。

15年前のこの旅行記の宿や風景は、どこまで現存しているのだろうか。

以下、24の「不思議な宿」である(掲載順)。

箱根塔ノ沢 環翠楼 
伊豆松崎 山光荘 
桑名 船津屋 
宝塚ホテル 
城崎 三木屋  
舞鶴 松栄館
奈良ホテル 
飯坂 なかむらや   
花巻 松雲閣 
大湯 千葉旅館
礼文島 コリンシアン 
登別 第一滝本館
小樽 越中屋
伊香保 千明仁泉亭
角間 越後屋
入山辺 霞山荘
鶴来 和田屋
石垣島 民宿石垣島
鹿児島 重富荘
嬉野 和多屋別荘
松江 皆美館 
下津井 六口島花壇
佐田岬 金沢旅館
明治村 帝国ホテル

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最近追加した「絵画や写真についてのあれこれ」のブックリスト
 

http://kotobanoie.com