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2012.04.16

accept loss forever

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春宵一刻。

 

よしなしごとに忙殺され、少なくとも月に一篇はとひそかに決め、これまでなんとか守ってきた矜持も、あっけなく崩れ去り、けっきょく3月は、霧散。

 

「忙」と呼ぶにはあまりにものんびりした話だと思うけれど、どうもその一因が、twitterとかFacebookといったネットワーク・サービスにあるんじゃないかと思いあたった。

 

そもそも、おそらく中毒と行ってもいいくらい活字を読むということに憑かれていて、それが嵩じて今のような有り様になっているわけだから、たとえそれが本の体裁をもっていなくても、モニターの上で展開される、人間の悲喜こもごもの筆跡を盗み見ることが面白くないわけがない。

 

もちろん大人としてやらなければならない日々のあれこれは、どうあろうとやらなければならないわけだから、さらにやりたいことがそこに加われば、一日が24時間であることに抗いようもなく、自ず睡眠という無為に思える(それは決してそうではないのだが)時間や、やりたいけれどやらなくてもいいことを、マゾヒスティックに削っていくしかない。

 

これじゃあ、ゲームに時間を取られて机に向かわない子供と同じじゃないかと思うと、60もそれほど遠くない我が身の拙さにあきれるばかり。

 

いずれにしても、愉悦的ななしくずしではなく、そろそろちゃんとしたattitudeを定める時期なのかもしれないなんて思ったりもする。

 

そんなSNSも、じつは去年の震災の時期から比べると様相が一変していて、そのときにはひとつの大きな情報のソースになり、ソシアル・ネットワークの主役になるかと思われたtwitterが少し翳りをみせ、ブーム的に到来したFacebookの優位性が(パーマネントなものになるかどうかはよくわからないが)、このところ際立ってきているようだ。

 

その理由はいくつかあると思うけれど、人の心をいちばんつかんでいるのは、twitterにはない、「いいね!」という意思表明がワンクリックでできて、その数が表示される機能じゃないかと思う。

 

Facebookがマニュアルで言っているように、それが双方向のコミュニケーションであるかどうかは疑問だが、この「いいね!が、個人レベルでは投稿のひとつのモチベーションになっているようだし、ビジネスシーンでは、ダイレクトマーケティングに直結するこのシステムを、いかに利用するかということがひとつのテーマになっていて、広告代理店がやっきになって、その獲得方法をアピールしている。

 

「tweet」を「つぶやき」とした訳語も絶妙だったと思うけれど、「Like」という英語を、ふだんめったに使うことのない(特に関西ではそうだろう)「いいね!」というシンボリックな言葉(そして原語にはなかった「!」も含めて)で表現したその手腕は、ある種の凄みさえ感じさせる。

 

おそらくこのサービスを日本で展開するときにもっとも考え抜かれたのは、これだったんじゃないだろうかと思えるくらい見事な翻案で、今となっては、それ以外に、あのちょっとした共感を示す表現はあり得ないと思えるくらいだ。

 

そんな「いいね!」の海を泳いでいるうちに、ちょっと面白い記事に行き当たった。

 

あの「The Henry Miller Memorial Library」のfacebookページからである。

 

少し前に “Henry Miller’s 11 commandments on writing (書くことのための11の戒律) “という記事が掲載されていて、それはそれでとても興味深いものだったけれど、今回のそれは、ケルアックが遺した” Belief and Technique for Modern Prose(現代散文のための心構えとテクニック) ” という30のリストだった。

 

面白そうな文章だったので、拙いながら訳してみた。

 

<現代散文のための心構えとテクニック by Jack Kerouac>

 

1. 書き散らされた秘密のノート、乱雑にタイプで打ったページ、自分の愉しみとして。
Scribbled secret notebooks, and wild typewritten pages, for yr own joy

 

2. あらゆることに素直であれ、心を開き、耳を傾けよ。
Submissive to everything, open, listening

 

3. 自分の家以外では酔っぱらわないように。
Try never get drunk outside yr own house

 

4. 人生に恋しよう。
Be in love with yr life

 

5. 感じていることは、いずれカタチを見いだす。
Something that you feel will find its own form

 

6. クレイジーであれ、愚かな聖者の心で。
Be crazy dumbsaint of the mind

 

7. 吹きたいだけ深く吹け。
Blow as deep as you want to blow

 

8. 心の底から底抜けに書きたいものだけを書け。
Write what you want bottomless from bottom of the mind

 

9. 話すことでは表現できないひとつひとつのヴィジョン。
The unspeakable visions of the individual

 

10. 正鵠を得れば、詩の出る幕はない。
No time for poetry but exactly what is

 

11. 胸の奥で震えている幻想的な痙攣。
Visionary tics shivering in the chest

 

12. 眼の前にあるの物体に覆いかぶさる催眠的な偏執夢。
In tranced fixation dreaming upon object before you

 

13. 文学的、文法的、構文的なんてものを追っ払え。
Remove literary, grammatical and syntactical inhibition

 

14. プルーストのように、時の古茶頭であれ。
Like Proust be an old teahead of time

 

15. 内なるつぶやきで世界の実話を語ること。
Telling the true story of the world in interior monolog

 

16. とびきり面白い宝石は、眼のなかの眼にある。
The jewel center of interest is the eye within the eye

 

17. 自分自身の記憶と驚きで書くべし。
Write in recollection and amazement for yourself

 

18. 言葉の海で泳ぎながら、力強い真ん中の眼で練り上げろ。
Work from pithy middle eye out, swimming in language sea

 

19. 失うことを永遠に受け入れよ。
Accept loss forever

 

20. いのちの清らかなる輪郭を信じるべし
Believe in the holy contour of life。

 

21. 心にある無垢な流れをスケッチするためにもがけ。
Struggle to sketch the flow that already exists intact in mind

 

22. 止まっている時は言葉のことを考えず、その像をただ見つめなさい。
Dont think of words when you stop but to see picture better

 

23. 朝に日付を刻みながら毎日を送れ。
Keep track of every day the date emblazoned in yr morning

 

24. 自分の経験や言葉や知識の気高さを、怖がったり恥ずかしがったりすることはない。
No fear or shame in the dignity of yr experience, language & knowledge

 

25. 克明に描いたものを、世界に見せ、読ませるために書くんだ。
Write for the world to read and see yr exact pictures of it

 

26. “ブックムービー” は言葉の映画、目に見えるアメリカの形。
Bookmovie is the movie in words, the visual American form

 

27. 寒々として非人間的な孤独の中の個性を賞賛し。
In praise of Character in the Bleak inhuman Loneliness

 

28. 野性的に、野放図に、純粋に、下からくるもので創作すること、狂っていればなお良し。
Composing wild, indisciplined, pure, coming in from under, crazier the better

 

29. きみはいついかなるときにも天才だ。
You’re a Genius all the time

 

30. 天の加護と援助を受けたこの世の映画の脚本家であり監督。
Writer-Director of Earthly movies Sponsored & Angeled in Heaven

 

その記事によると、このリストは、あの『Howl』が書かれる1年前に、サンフランシスコのノースビーチのアレン・ギンズバーグのホテルの部屋の壁にピンナップされていたものだという都市伝説があるそうで、ケルアックの「On The Road」とならんで、ビートジェネレーションのアイコンとされている詩集『叫ぶ』が、このリストに触発されたのかもしれないと想像するだけでも、それは充分にスリリングな話じゃないかと思う。

 

もともと『Howl』というタイトルそのものもケルアックのアイデアのようで、「その詩集にはケルアックへの献辞があるくらいだから、もしその伝説がほんとうにそうだったとしてもぜんぜん驚きではない」と、この記事には記されている。

 

そして、この紹介文は、「チャールズ・イームズが言うように、” 実際のところ、人は先に亡くなった人たちの影響を常に認めなければなりません(to be realistic one must always admit the influence of those who have gone before)” 」と、結ばれている。

 

例によってケルアックのフリージャズのような英語は、シンプルなのに難解で、ホントにその意をちゃんと汲めたのかどうかさえわからないが、ただわからないなりに、口に出して何回も読み上げていると、なんとなくリズムがでてきて、わかったような気になってくるから不思議なものだ。

 

言霊っていうヤツかもしれない。

 

ただ言葉というのは、その時代、その場所で変化していくものだから、たとえば “dignity”という単語を、尊厳と訳すべきなのか、価値と訳すべきなのかなのか、あるいはひょっとしたらもっといい言葉があるんじゃないかとか、言葉の意味はわかっても、微妙なニュアンスをリアルに感じとれないのがちょっと残念。

 

ケルアックは本質的には、小説家ではなく詩人ではないかというのが、ぼくの見立てだが、彼のこの30の散文指南も、こうやって眺めていると、すでに一篇の詩のようだ。

 

あるいは俳句。

 

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