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2020.02.09

where nothing happens

 

 

カリフォルニアにBig Sur と言うところがある。

 

サンフランシスコの南、シリコンバレーから海側に進路をとり、UCSCの街サンタ・クルーズを経て、イーストウッドが市長をしていたCarmelというリゾートの近く、べつに集落があるわけではなく、カリフォルニアの太平洋岸を走るパシフィック・コースト・ハイウェイ(PCH)という、たぶんアメリカでももっとも美しいハイウェイ沿いの、”山々と海が出会うところ (where the mountains meet the sea)”といわれるエリアだ。
ケルアックの「ビック・サー」やブローティガンの「ビッグ・サーの南軍将軍」を引くまでもなく、50年代のビート・ジェネレーションや、60年代のヒッピーの、トポスのひとつでもある。

 

ヘンリー・ミラーは、晩年をそこで過ごした。

 

「ぼくは金がない。資力もない。希望もない。ぼくはこの世でいちばん幸福な人間だ」

 

これは1934年にパリでは発表された処女作、『北回帰線 (Tropic of Cancer )』の冒頭にある言葉だけれど、ヘンリーミラーは、坂口安吾がそうであるように、無頼の人であり、自由の意味をもっともよくわかった文学者のひとりだ。

 

彼は、このビッグ・サーのレッドウッドの森の中で、53歳から71歳までの18年間、彼の言葉を借りれば ” my first real home in America ” として暮し、そして書いた。
代表作といわれる三部作、セクサス・プレクサス・ネクサスの頃である。

 

ヘンリー・ミラーが1980年に亡くなった後、彼が愛したその地に、長年の友人が、その蔵書を置くための場所として自分が昔住んでいた家を移築し、NPOを立ち上げた。

 

” The Henry Miller Memorial Library “

 

Library というその魅力的な語感。
“where nothing happens” ―  何も起こらないところ、というそのコンセプト。

 

ウェブサイトをちょっとのぞいて見てほしい。
https://henrymiller.org/

 

緑の木立に囲まれ、昔からそこにあったような表情で佇んでいる本のある小屋。
芝生の庭で、気持ちよさそうに本を読んだり語らったりする人たちの姿。

 

ろうそくの炎をバックにしたステージ。
そのステージの上に置かれた、ライティング・デスクと古びたタイプライター。

 

コミュニティセンターとして、そしてまたアートスペースとして、コンサートや詩の朗読や演劇、ワークショップやレクチャーも行われ、ときには結婚式やお葬式さえ、そこで催される。

 

なにもかもが、心地良い自然のバイブレーションに包まれた空間。
底流として静かに流れるヒッピーの気配。

 

なによりも素晴らしいのは、すべてがこの場所を好きな人たちの寄付で運営されているということだ。
同じエリアの住民であるAppleやニール・ヤングも、サポーターとしてこのHIPな場所を支えている。

 

ウエブサイトの案内には、こんな風に記されている。

 

It is not a Library where you can borrow books, it is not a memorial with dusty relics, it is not a fully stocked bookstore, it is not a trinket store where you’ll find a large selection of glossy photographs of the coast, t-shirts, mugs and baseball caps. It is not Henry Miller’s old home (that was four miles down the road on Partington Ridge), it is not originally built to be a public place,

ここは、本を借りる図書館でも、埃っぽい遺物のある記念館でも、きちんとしたブックストアでも、Tシャツやマグカップを売る雑貨店でもなく、ヘンリー・ミラーの懐かしの家でもないし、公共の施設として建てられたものでもありません。

 

The best way to find out is to come here, browse, look at what’s on the walls, listen to the music, have a cup of coffee or tea, sit down by the fire, read for a while, do nothing…

この場所がなんなのかを知るためにいちばんいいのは、ここに来て、この場所をゆっくりと見てまわり、壁にかかっているものを眺め、音楽を聴いて、お茶を飲んで、暖炉の傍に座り、少しの間本を読むことです、そして何もしない・・・。

 

Beware, some people find it uncomfortable not to have a clear label and end up turning around almost immediately, others fall in love and leave after composing a poem for our guest book…

気をつけてくださいね、はっきりしたレッテルがないことで不快になってすぐ立ち去る人もいますから、でもそうじゃない人は、この場所と恋に落ちて、ゲストブックに詩を書いてこの場所を離れます。

 

「私たち人間の生活のめまぐるしい有為転変は、永遠にえたいの知れない謎として残る。
人生の断片がたとえ限られた数のものであっても、そのすべてを結びつけ、一つの物語にすることは不可能である。人は、その切れ切れのエピソードにとどまるほかはない。唯一私の興味をそそるものは、実際の生活を包み込む、こうした未知なるものが放つオーラである。私が現実に自分の身に起きた出来事、人間関係、あるいは日常の些細なことを書くのは、こうした暗闇に閉ざされた秘密の領域が、私たちを取り巻いていることを読者に知らせるためである」
( “The World of Sex” by Henry Miller 1940 菅原聖喜訳 )

 

本のこと、音楽のこと、コミュニティのこと、HIPのこと、日々の暮しのこと、そしてafter0311のこと。

 

じつはヘンリー・ミラーの作品をしっかりと読んだことはないし、もちろん行ったことのない場所だけれど、この” The Henry Miller Library “には、ぼくのこれまでと、これからのすべてが凝縮されているような気がしていて、いつかどこかに、こんな場所をつくりたいと、ちょっと真剣に思い始めている。

 

I can grow old with this dream.

 

*

 

再掲:where nothing happens – 2011/04/27