BLOG

2010.03.12

the nightmare of punctum

rust2.JPG

愛猫ハルの背中に蚯蚓のようなものがくっついている。
なんだろうと思って摘んでみるが、その柔らかな物体が猫の背中に食いついているような
感じで、なかなかとれない。 なおも力をこめて引っ張ると、その蚯蚓のような、あきらかに
生物の気配をもつ紐状の物体が、ズズズっと、ハルの背中から延びて出てきた。

昨日の夜の夢の話。

むかし、「Surrealistic Pillow 」というアルバムがあったが、まさに、そんな感じだった。

バルトの「明るい部屋」にでてきた「プンクトゥム( punctum )」という言葉が、頭から離れない。

その奇妙な響き、「小さな裂け目」などという曖昧な語義、そしてその言葉が抱える概念。

その日の超現実的な悪夢のことや、この不思議な言葉のことを考えているうちに、シュル
レアリスムという言葉にしても、このプンクトゥムにしても、ひとつのキャッチコピーのような
もの、あるいはすごくうまいネーミング、とでもいうべきものじゃないかと思えてきた。

ステゥディウム(一般的関心・作者の表現意図)の場をかき乱しにやって来るこの第二の
要素を、私はプンクトゥム(Punctum)と呼ぶことにしたい。というのも、プンクトゥムとは、
刺し傷、小さな穴、小さな斑点、小さな裂け目のことであり—-しかもまた、骰子の一振り
のことでもあるからだ。ある写真のプンクトゥムとは、その写真の内
にあって、私を突き刺す
(ばかりか、私にあざをつけ、私の胸をしめつける)偶然なのである。

アーティストが作品を見てもらわなければ何も始まらないのと同じように、批評家だって、
まずその文章を読まれないと話にならないわけだから、自分が発見した新しい概念を表現
する独自の「言葉」を造りだすことはとても重要なはずだ。

ピカソやウォーホール、横尾忠則や篠山紀信といった一流と呼ばれるアーティストたちが、
総じて営業上手(といっては語弊があるかもしれないが)なように、このバルトを始めとして、
ソンタグやストロース、そして小林秀雄や吉本隆明といった批評の名手たちも、その批評眼
を鮮やかに現すキャッチーな言葉を拵えるのがすこぶるうまい。

批評家にとっては、ものが視える=言葉の発見で、それこそが彼らの仕事だともいえる。
もっと下世話に言えば、「言うたもん勝ち」の世界。

こういう言葉を発見できるのが、すでにひとつの才能なんだろうな。

ところでこの「プンクトゥム」、大雑把に言うと、ひとつの写真において作者の意図と離れた
ところにある自分だけの「ツボ」ということだと理解できるように思うが、だとすれば、それは
写真だけに限定されるものではなく、他の表現、たとえば絵画や映画、あるいは詩や小説
といった文芸にまで拡がる普遍性を持っているということになるんじゃないだろうか。しかも
それには、あらかじめ用意されるコード(モノサシ)がまったくないわけだから、きわめて恣意
的なもので、見る者によってその在り処が変わってくるということになる。

「それゆえ、プンクトゥムの実例をあげてゆくと、ある意味で私自身をを引き渡すことになる。」

プンクトゥムは、ちょっとやっかいだ。

それは確かにとても面白いゲームなんだけど、これに嵌ってしまうと、見るもの読むもの
すべてにそれを探すようになってしまうのだ。

そしてじつは、すでにこのプンクトゥム・ゲームに侵されてしまっている。

猫の背蚯蚓の悪夢を見たのも、ひょっとしてそのせいだったりして。

*

この時期恒例の、NHKBS2衛星映画劇場のアカデミー特集で、「 Bonnie and Clyde 」を観た。
この前映画館で観たイーストウッドの新作「 Invictus 」よりはるかに面白かった。

やはりこの時期(1967)の映画には力がある。

まずファーストカットの唇のアップに一撃される。
ずいぶん久しぶりにこの映画を観たけれど、フェイ・ダナウェイの美しさが、この歳になって
やっとわかったことに愕然とした。
稀有なことだとは思うが、健康的でしかも sexy という、女性の魅力がこの世にはあるのだ。

主演のウォーレン・ビーティがプロデューサーも兼ねていて、トリュフォーやゴダールにも
監督を頼んだらしいが、なにもヌーベルバーグじゃなくたって、ボニー・パーカーの役をフェイ・
ダナウェイが演るだけで、誰が撮っても HIP なものになったはずだ。

この映画にもプンクトゥムは、あった。
銀行に家をとられた農夫のシーンの背景に映る「曲がった電柱」が、それだ。

*

「明るい部屋」の流れで、写真集がプチ・ブーム。

写真家が撮った作品集だけでなく、料理やインテリアの本にも写真が美しいものがある。
ワンカットの美しい写真があるだけで、その本が価値あるものに見えてくる。
そして、そういう写真がある本は、いい本であることが多いのだ。

いい写真は直感的にわかる。
ストゥディウムもプンクトゥムも関係なく、自分の中のアンテナが感応してしまうから。

■ TYPOLOGIES  Bernd & Hilla Becher  Schirmer /Mosel Verlag Gm 199811  ¥5,000

「類型」と題されたベッヒャー夫妻の建築写真集。
1990 -91年にかけてヴェネチア、ケルン、ボストン、オハイオを巡回した写真展の図録。

LPサイズの大型本だが、それぞれのページに「類型化」された貯水塔、穀物倉庫、溶鉱炉、
住宅のファサードなどの建築物の写真が、9 あるいは12カットずつ並列されていて、確かに
コンセプトは明快にわかるが、写真が小さいのが残念だ。

同じ種類の建築物を丹念に調査採集し、類型化してその本質に迫るというのがタイポロジー
というものだとしたら、それが一つの哲学に昇華するのはよくわかる。

それにしても、この写真は、コンセプチュアル・アートなのか、タイトルそのままの類型学的な
記録なのか、建築写真としてだけじゃなく、アートとしての評価が高いのはよく知っているが、
ひと目ではピンとこない。

たぶんじっと眺め続けることで、なにかが滲みでてきそうな気がする。

たとえばこの無機質な建築群を、人に例えてみれば少しわかってくる。
きっとこれは、ポートレイトなんだ。

■ THE AMERICANS    Robert Frank    STEID   20080510  ¥4,000

ストレート・フォトのクラシック。
カメラはもちろんライカ、たぶん当時の最新鋭機M3だろう。

1959年に発表されたこの写真集は、写真がただの記録や記憶のためのものではなく、
アートピースとして認められるきっかけとなった一冊で、ブレッソンの「決定的瞬間」と
ならぶ、モダンフォトの古典とされている。

本人が自ら依頼したというジャック・ケルアックの序文が素晴らしい。

The humor, the sadness, the EVERYTHING-ness and AMERICAN-ness of these pictures !
—- To Robert Frank I now give this message :  You got eyes.

想像していたより小さな本だったが、ソファに座り、膝の上においたらちょうどいいサイズ 。

大きいばかりが写真集ではないのだった。

■ 注文の多い写真館   坂田栄一郎   流行通信社   19851230   ¥1,900

ポートレイト。

週刊誌「アエラ」の表紙写真で有名なポートレイト写真家の処女作品集。

日大芸術学部からライトパブリシティに入り、ニューヨークでアヴェドンの弟子に入ったという
人だから、ポートレイト・フォトの世界ではエリートといえるだろう。

横尾忠則、細野晴臣、北野武、川崎徹、安藤忠雄、矢野顕子、村上春樹といったその当時
「メディアジェニック」だった人たちの、ちょっと雰囲気のある肖像写真、そして糸井重里のコピー。
スタジオボイスの佐山一郎と伊藤俊治が、序文を書いている。

まさに80年代。

よくできた美しい写真集だけれど、今見ると、”作りこむ写真”を目指したという、その「作り
こまれ方」がいかにも作為的で、パルコ文化の残骸というような気配を感じてしまう。

この作品から何年かして、この人が自然志向に転じたのは不思議ではないと思う。

若い時にヒッピーカルチャーのまっただ中で生活してきましたから、何かまたそこに戻りたい
と言う気持ちもあったんですね。いつも、人と自然の関係というのを考えていましたから、
自然環境をテーマにした作品を作りたいなと思っていたのです。

祝祭はいつまでも続けられないのだ。

■ Derek Jarman’s Garden    Derek Jarman   Thames & Hudson  199506  ¥2,000

庭の写真。

AIDSで亡くなったイギリス人の映像作家が、死の直前に行き着いた癒しが、ドーバー海峡
に面した、ダンジェネスという小さな村にあるこの「庭」だったようだ。

庭といっても、それはいわゆるガーデニングではなく、ひとりのクリエイターに造られた風景、
あるいは、ひとつの立体作品としての「庭」で、様々なオブジェや、厳選された植物たちが、
さりげなくちりばめられたこの庭を見ていると、どうしても利休の庭に想いがいく。

「見立て」の庭。

庭を造ってみればよくわかるが、庭は自分を映す鏡のようなものなのだ。

この庭は、デレク・ジャーマンの祈りに満ちている。

” kotobanoie permanent collection ” の一冊だが、状態の良い物を安く入手できた。

■ Racing Days   Henry Horenstein   Henry Holt & Co.   19990515   ¥4,800

競馬と写真との至福のコラボレーション。

競馬にまつわるさまざまな光景が、競馬への想いと、緻密に計算された構図で、
丁寧に写し撮られている。

競馬の写真(ほとんどがただサラブレッドを写したものだが)はたくさん見ているけれど、
「競馬」そのものをこれほどリアルに、しかも美しく撮った写真は見たことがない。

このフォトグラファーのことはよく知らないが、そうとうな手練であることは間違いない。

この本の最初の章にこんな一文がある。

” The best thing in the world is to win at the racetrack. The second  best thing is to lose the racetrack “
(この世で最高なことは、競馬に勝つこと、2番目に最高なのは、競馬で負けることだ。)

賭けない人には永遠にわからない競馬の悦楽。

この写真集のどのカットにも、そのかけがいのない悦楽の表情がある。

■ white hot / cool colors for modern living   Tricia Guild   POTTER  19991005   ¥2,400

インテリアのカラーコーディネーションのためのピクチャーブック。

white ecru natural
blue indigo ice blue
earth ocher terracotta
pink magenta red
mauve lavender purple
turquoise aqua
emerald jade green
yellow lemon citrus

この8つのグループに色のトーンが分類され、考えぬかれたスタイリングで撮影されている。

ブックデザインも秀逸、そして写真のどれもが、美しい。

プロの仕事。

*

他にもこんな本たちが入荷しています。

□ ものを創る   白洲正子   読売新聞社   19731005/第1刷   ¥1,500

□ 椀一式 使う漆器へ   原研哉編   実業之日本社  20100115/初版第1刷   ¥1,600

□ 国際建築 バウハウス叢書1  ヴァルター・グロピウス  中央公論美術出版  19910220/第1刷  ¥4,800

□ バウハウスの実験住宅 バウハウス叢書2  アドルフ・マイヤー 中央公論美術出版 19910710/第1刷  ¥4,200

□ 問いつめられたパパとママの本   伊丹十三   中央公論社  19730820/9版    ¥1,500

□ ポトスライムの舟   津村記久子   講談社   20090218/第3刷   ¥500

□ 日本の美学   安田武・多田道太郎   風濤社   19700415/第1版   ¥900

□ 泳ぐのに、安全でも適切でもありません  江國香織   集英社  20020310/第1刷 ¥300

□ くまのプーさん/プー横丁にたった家    A.A.ミルン   岩波書店   19681120/第4刷  ¥800

*

最近追加した「日本美 – 美しき日本の残像」のブックリスト。

http://kotobanoie.com/