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2008.04.29

watching the red river flow

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時間っていうやつもひょっとしたら切り取られた四角形じゃないのかなんて思ったり。

□ 四角形の歴史   赤瀬川原平   毎日新聞社   20060225 初版

「こどもの哲学・大人の絵本」という、まさに言い得て妙な書き下ろしの画文集シリーズの一冊。
「不思議なお金」「自分の謎」というタイトルが既刊だが、あとがきによれば、そもそもはこの
「四角形の歴史」がシリーズの発端だったらしい。

まず赤瀬川さんありきということなんだろうけれど、テーマのたて方、本のスタイル、アートディ
レクションなど、いささか「ゆるめ」ながら、well-made な本になったのは、編集者の手腕という
べきだろう。

アマゾンのカスタマーレビューには、「ぎゅっと詰めれば30ページくらいになってしまう」とか、
「コストパフォーマンス的にもいかがなものか」なんていう安直な書評がでているけれど、しっかり
と読み込めば、この本がこのカタチでしかあり得なかったことはすぐわかるし、凝縮された(だから
こそ短いのだ)内容からすると1200円というCDシングル1枚分の価格が、きわめてリーズナブルな
ものであることは明白じゃないか。

それにしても70を越えて(この本執筆時は68歳)、シュール・リアリストの片鱗を残しながら、
ますます冴える「ゆるシブ」とでもいえそうな赤瀬川さんのこのしなやかな存在感。

どんどん力が抜けていくと同時に思考回路が研ぎ澄まされていくという、この中身の濃いスカスカ
感は、一幅の水墨画を眺めているような気にさえさせる(まるで等伯の松林図でも見ているようだ)。

赤瀬川原平は、「眼」の人である。

世の中のいろいろを、オリジナルな観察眼で俯瞰し、凝視する。
そしてその不可思議な眼差しから生まれるパフォーマンスのひとつひとつは、そこにしかない宇宙を
孕んでいる、しかも脱力系。

この本でも、よく推敲されたシンプルな文章と自筆の鉛筆画で、「風景を見ること」から「目の余白
(フレーム)」へと流れ、そして「2列目の発見」から一気に「四角形のはじまり」までたどりつき、
さらにそれを「犬が見ている無意味」 ―  たぶんそれは「悦楽」ということじゃないかと思うんだ
けれど ― というところになだらかに着地させるその鮮やかな手際は、この仙人の真骨頂だろう。

「アバンギャルドなのに、救済的」とは、赤瀬川邸の設計者で、路上観察のパートナーだった藤森
照信さんが赤瀬川さんを評したコトバだけれど、救済的であることがそれほど簡単なことではない
のは、「癒し」というコトバが、ライフスタイルのひとつのテーマとなり、マーケティングのキーワード
になっていることでもよくわかる。

さすがに前衛芸術家「赤瀬川克彦」の頃のことはよく知らないけれど、70年代の朝日ジャーナル/
ガロの「櫻画報」から、80年代の尾辻名義による純文学(『父が消えた』で第84回芥川賞を受賞) 、
そして「見立て」の超芸術トマソンの発見を経て、90年代の「老人力」でのブレイク、しかもその間
にライカ同盟で写真を発表し、前衛派勅使河原宏監督による映画「利休」の脚本まで書いてしまう。
このとらえどころのない軟体動物のような変幻自在は、文芸や美術をはるかに通り越したもので
そのありさまをあえて名づけるとしたら、「脳内リゾート(1995年に催された『赤瀬川原平の冒険』
展のサブタイトルですが)」というコトバしか思いつかない。

でもまったく分野の違うこれらの創作活動も、この人にとってはひとつのことなんだろうな、とも思う。
それはすべて「物の見方」「ものごとの捉えかた」にまつわることだからだ。
そして「物の見方」から哲学までの距離はそれほど遠くない。

貨幣が経済の本質であるように、視点は哲学の本質だ。

そして「原平」という名前こそが、その骨太(radical)な本質を象徴しているように思える。

実はこの人自身がトマソンだったりして。

*

幅允孝の「The lobby」にちょっと刺激を受けた。
本屋はやはりストックが勝負、いい本をもっと買わねば。

□ 「不思議の国、エルメスへの旅」展    エルメスジャポン   1997

本のケースを覆うエルメス・オレンジに魅かれてつい買ってしまった。

来場者に抽選で限定販売のビニールケリー(の購入権)が当たるということで話題になった、
エルメスの展覧会の図録。

この上品で微妙な中間色はフランス人にしかだせないものだと思います。

中身はたいしたことはありませんが、エルメス・フリークだけでなく、「老舗」というものの
秘密を知りたい人には格好の素材かも。

□ 考えるヒント/考えるヒント2    小林秀雄   文藝春秋新社  19640520 初版

「物を考えるとは、物を掴んだら離さぬという事だ。画家が、モデルを掴んだら得心のゆくまで
離さぬというのと同じ事だ。だから、考えれば考えるほどわからなくなるというのも、物を合理
的に究めようとする人には、極めて正常な事である。だが、これは、能率的に考えている人には
異常な事だろう。」

批評というよりは思索の軌跡、文体そのものが自立して歩きだしそうだ。

□ ヒッチコック映画術    フランソワ・トリュフォー   晶文社   19820330 6刷

読まないうちに売れてしまったので、もういちど買い直した。
ヒッチコック・フリークの間ではバイブルといわれている本、らしい。

なんといっても、トリュフォーがヒッチコックにインタビューするという企画の勝利。

「ヒッチコックの作品はすべてセクシャルなのだ。」とトリュフォーは日本語版のためのあとがき
で語っている。基本的にサスペンスに登場する女優はセクシーなものだけれど、確かに「サイコ」
や「めまい」や「裏窓」の女優たちは際立って美しいです。

□ Warhol    Klaus Honnef   TASCHEN   1993

ウォーホルの作品集としては破格に安い、それだけでも価値がある。

ウォーホルのもっとも大きな功績は、デザイン表現がそのまま芸術表現になるということを発見
したことだろう。 そしてそれは「ポップ・アート」と名付けられ、ゲージツの神聖な法則だった
「オリジナル」という概念を破壊してしまったのだった。

でもこの本に載せられた彼の様々な作品を眺めていると、もっといい本が欲しくなってしまった。

□ 東京のロビンソン・クルーソー    小林信彦   晶文社   19740630  初版

小林信彦の著書の中でもかなり稀少な本が(完本なら Amazon でも2万円は下らない)手に入った。
カバーが欠品しているのが残念だけれど。

晶文社のヴァラエティ・ブックの代表作といってもいい本だ。

「編集とデザインが一体になったこの本は、津野海太郎、平野甲賀両氏によってつくられた。私には、
まだできあがった形がわからないのだが、どんなものになるか、たのしみでもある。校正刷りをみて
いるうちに、頭が痛くなり、目がチカチカした。私もまた、われながら<シャレがキツい>と思わざるを
えないのである。」

カバーだけなんて出てこないよな、いくらなんでも。

□ 文士の逸品    矢島裕紀彦   文春ネスコ   20010904  第1刷

月刊「文藝春秋」連載「文士の逸品」の単行本化。

いまは亡き文士たち116人の愛用品が写真とエピソードで紹介されていて、モノフェチにはたまらない。

面白そうなモノはたくさんあるけれど、「坂口安吾のストップウォッチには『走り続けて、行きつく
ゴールというものがなく、どこかしらでバッタリ倒れてそれが終わり』という彼の覚悟がそのままに
ある。」という帯の文にシビレました。

南方熊楠の鞄もいいな。