近藤さんからこんなフライヤーを添えたメールをいただいたのは、10月の初めだった。
路面のスペースをポップアップ・ストアとして実験的に体験できるのはまたとないチャンスだし、近藤さんの、オフィスを町に向かって開いてきたいというメッセージも共感できるものだったから、なんとか実現したいなあとすぐ思った。
その想いは、実際の場所を目の当たりにし、近藤さんの話を聞いても変わらなかったけれど、とにかくまったくやったことのないことだったから、短期間にせよ、どうやって運営するかというアイデアが、すぐには思い浮かばなかった。
どういう構成で組み立てるのか、どういうスタイルにするのか、そして何よりもフルタイムでそこに居られないんだから、それをどう解決するか。近藤オフィスに負担をかけるわけにはいかないし、だからといってアルバイトを雇って店番させるんじゃ意味がない。
一日や二日のことじゃないから、その辺が見えてこないうちに返事はできない。
one coin のアイデアが浮かんだのは風呂の中だった。
別にアイデアというほど新しいものじゃないけれど、ぜんぶ100円、つまり100円玉のやり取りだけだったらすごく簡単に、誰にでも店番してもらえるかもしれないと思い当たったのだ、もちろんそれも近藤オフィスの協力がなければ成り立たない話ではあるけれど。
ただ100円の本だけじゃ原価割れで仕事にならないから、一個のコインと一枚の紙幣という組立てにして、100円の本をフック、500円をヴォリューム、そして1000円の本をバリューと考える。
一枚の紙幣として2000円や5000円や1万円のラインも浮かんだが、そこは思い切ってシンプルに。
そこまでいけば、それぞれの価格帯をラベルの色で見分けるようにすることや、one coin / one noteというタイトルや、ディスプレイまでが、一瀉千里に映像として頭の中を廻りだした。
これならいけるかもしれない。
古本屋のスタイルとしても、ちょっと斬新な感じがするし。
Let’s get it on !
11月25日 水曜日
BOOK SHOP one coin / one note のプレ・オープニング
10時少しすぎに近藤オフィスに到着。
初売りはお隣の食事処「純子」の純子さん、司馬遼太郎の「韃靼疾風録」を買っていただいた。
どんなカタチであれ、まずは本が売れないことには始まらないわけだから、これがスタートだ。
奥のスペースにしつらえていただいた帳場に座れば、古本屋のオヤジである。
近藤建築研究所にはネット環境も整っているから、MacBookをひらけば仕事場にもなる。
なんかいい感じ。
中津という町は今まで全く縁がなかったところだが、梅田のすぐ近くなのになんか下町の風情があって、雰囲気があたたかい。そういえば、昔行ったことのある「カンテ・グランデ」といういい感じのチャイ屋もたしかこの辺だったはずだが、まだあるのかしらん。
初日の売上は、17冊 3,700円、思ったよりいけてる。
11月26日 木曜日
夜、近藤さんからメールで報告をいただく。
本日の売り上げ
100円 15冊
500円 5冊計 4,000円
売れると楽しいですね。
いかにも。
11月27日 金曜日
SPOT LIGHT のセレクションをお願いした「Meets Regional 」の半井さんから取材のメール。
11月28日 土曜日
こども店長を派遣。
この日は、近藤オフィスのガラスファサードに、コトバノイエの名刺でお世話になった山崎さんがデザインしてくれたショップロゴを、カッティングシートで貼ってもらうことになっている。
気になって夕刻駆けつけたら、すっかりショップらしくなっていた。
土曜日は人通りが少ないようだ。
この辺の感じは、もう少しやってみないとつかめないんだろうな。
明日の日曜日はどうだろうか。
11月29日 日曜日
2回目の店番。
この4日間で、思わぬ数が売れたので、ショップに行く前に仕入れをした。
もちろんなんでもいいわけじゃなく、コトバノイエの本棚にあってもいい本というのがモノサシだから、いつもあるというものでもないが、それでも100円売りの単行本と文庫を合わせて40冊ほど買えた。
買ってきた本をデータベースに入力して、プライスの目印の丸い小さなシールを裏の見返しに貼る。
赤ラベルは100円、青ラベルは500円、黄色ラベルは1000円。
午後は半井さんの取材。
近藤さんと一緒に、ここにいたる経緯や,考えていることをざっくばらんに話す。
半井さんには、また何冊か買っていただいた。
この人はコトバノイエの女神である。
DOCUMENT : WED. DEC.2, 2009
10:37 Keb’ Mo’ ” Suitecase “
アコースティックでルーズなブルースでオープン。
近藤さんのオフィスが10時からなので、できればその時間に到着したかったが、野暮用を済ませているうちに少し遅くなってしまった。
すでにスタッフの下田さんが100円の箱を、オーニングの下に出していてくれている。
人通りもけっこうあって、何人かの人がその100円の本たちを覗いていく。
10:58 Walter Becker ” Circus Money”
ショップスペースの奥の帳場に座ってMacBookのセッティングをしていたら、50代とおぼしき
オバサンが文庫を一冊手に持って入ってきた。
「吉村昭なんかないかなあ」
「いあや、ちょっと今は置いてないですねえ、小説が少ないですからねえ」
「司馬遼はほとんど読んでしもたしなあ、あ、このラスプーチンゆうのん面白そうやん」
山田風太郎の「ラスプーチンが来た」である。
それを手にとって横の100円棚に移り、春樹の「シドニー」を見やった。
「村上春樹やねえ」
「ええ、それ安いと思いますよ」
「本が増えてどうしようもないねんけど、安かったら買ってしまうねんなあ」
「本て勝手に増えますからねえ」
「あと、この文庫も軽そやから買うとくわ」
「あほらし屋の鐘が鳴る」斎藤美奈子/「ラスプーチンが来た」山田風太郎/「シドニー!」村上春樹
そのオバサンが帰ってまもなく、おばあさんが文庫本を一冊を持って椅子に腰掛けた。
バッグから一片の紙を取り出して本と見比べている。
どうしたんですか」と覗き込むと細かい字で本のタイトルが書いてある。
手にしているのは、松本清張の「陸行水行」。
「清張さんのファンやねんけど、おんなじ本何回も買うてしまうから持ってるやつ書いたんねん」
その気持ちとてもよくわかります。
ダブり買いをすると、自分のバカさ加減に腹が立ってしまうんだよね。
残念ながら手にしている「陸行水行」は、その持ってる本リストにあったようで、
「あ、やっぱりこれあるわ」
リスト効果抜群である。
さらにそのおばあさんは、持ってる本リストだけでなく、手描きの未読リストも持っていて、
できれば探してあげたいなあと思ったので、そのリストをコピーさせていただいた。
こういう人のために本を仕入れるのは本願である。
おかしかったのは、その未読リストにもタイトルのダブりがあったことだ。
「球形の荒野」という渋いタイトルの本。
「おばさん、これダブってますやん」
「ほんまやなあ、ハハハ」
このおばあさん、昨日も来たそうだ。
再来店を約して彼女が店を離れたのは、11時32分、時間がたつのが早い。
11月25日のプレオープンから、店番をするのはこれが3回目だが、町に面したショップスペースの
ガラス越しに、100円箱の本をのぞいていく人の表情を眺めるのはとても愉しいし、見知らぬ人と
本の話をするのも新鮮な感じ。
コトバノイエで感じることができなかった「本を売る」ということのリアルな感触が、ここにはある。
それを感じさせてもらえただけでも、近藤さんには感謝したいと思う。
12:42 Carla Bruni “No Promises ”
12時を過ぎると、ランチブレイクで人通りが多くなる。
たぶんこの時間帯が、いちばんのビジネスチャンスなんだろう。
1時少し前、自転車に乗った若いカップルが立ち止まり、文庫箱を見たあと店に入ってきた。
雑誌やアートブックを眺めながらなにか話してる。
慣れない店主なので、こんなとき声をかけたほうがいいのか迷ってしまう。
2人でいろいろと品定めをし、マルク・ドゥ・ストメ/中沢新一訳の「禅の言葉」をお買い上げ。
代金をいただくときに、
「これなかなかいい本ですよねえ」
と呟いてはみたが、いかにもぎこちない。
このあと、少し手が空いたので近藤事務所のスタッフ下田さんとしばしカメラ談義。
なんでも彼は最近フィルムのカメラに興味を持っているそうで、F3を見せる約束をしていたのだ。
下田さんは24歳、物心ついたときにはすでにデジタル全盛だったそうだから、フィルムの一眼レフ
のあのメカニカルな、いかにも精密機械といった姿は、きっと新鮮なんだろう。
現像ができあがってくるまでのあのドキドキ感は、すぐに結果の見れるデジタルカメラにはないものだから、それを味わってみてもらいたくて、F3に36枚撮りのリバーサルを装填して手渡した。
とにかく昼休みで36回シャッターを押してごらんよ、というところかな。
昼飯は、このショップの第一本買い人純子さんのお店で、お好み焼き定食。
14:18 Keith Jarrett ” The Koln Concert ”
2時過ぎに、中年男性が文庫本3冊を手にもって帳場へ。
東野圭吾2冊と、佐野眞一「東電OL殺人事件」。
清算のときラベルの色のことを尋かれた。
文庫本はぜんぶ100円にしてあるからラベルを貼っていない、実は玉石混淆なんだけれど。
続いて、学生さんらしい青年。
村上春樹「蛍・納屋を焼く、その他の短篇」と浅田彰「逃走論―スキゾ・キッズの冒険」
スキゾ/パラノの団塊蔑視論をどれだけわかってもらえるかはいささか心もとないが、若い人がこういう本を町の古本屋で100円で買うことは、断固支持したい。煙草より安いお金で、2つの爆弾を自分の居場所に置くことになるのだから。
読まなくたってぜんぜんかまわない、Book is not just for reading なのだ。
15:09 Sheryl Crow ” Tuesday Night Music Club ”
3時近くになって落ち着いた気配だったので、下田さんに店番をお願いして、定例の本買いと、美容院 Smile Seed の月例コーディネーションに走る。
美容院は月単位の契約だから必ず行かなくてはならないし、本買いも、このショップがいいペースで売れていってくれているので、補充のための仕入れをしなくてはならない。
なにより本買いの愉しみを、犠牲にするわけにはいかないのだ。
急ぎ足の本屋だったため、いつものようにじっくりとはチェックできなかったが、収穫はあった。
□ 封印された星 — 瀧口修造と日本のアーティストたち 巌谷國士 平凡社 20041205/初版第1刷
シビれる造本、署名入り。
17:41 Bill Evans Trio ” Waltz for Debby ”
5時過ぎにショップに戻り、買ってきた本(もちろんおばあさんの清張もあります)を整理していたら、ガラス越しに見たことのある人の姿。
コトバノイエを設計してくれた矢部さんと、彼の先輩リョーへイさんが立ち寄ってくれたのだった。
追ってリョーヘイさんのオフィスの長江さんも合流。
見知らぬ人とのセッションも楽しいけれど、こうやって駆けつけてくれる知己もありがたい。
ビールも開いて、ワイワイガヤガヤと小1時間。
18:54 Tom Waits ” Closing Time ”
日没閉店。
みんなで野田矢部邸に移動した。
倉俣史朗さんが言っていたように、ショップスペースとは祝祭の空間なのだと思う。
だからこそ、新しいことがそこから発信され、リニューアルや改築が繰り返されるのだ。
このショップも、BOOKS+コトバノイエも、いつも新鮮な、どこにもないブックストアでありたい。
近藤さんが、Meets のインタビューで言っていた、
「これも僕にとっては建築なんです、完成されない建築です」
という言葉が忘れられない。
good luck, one coin / one note.
*
店番の間隙をぬっての、果敢な本買い。
でもそれなりに集まった。
□ ポスターを盗んでください+3 原研哉 平凡社 20090917/初版第1刷
□ アンリ・ミショー ひとのかたち 東京国立近代美術館 平凡社 20070702/初版第1刷
□ モーターサイクル南米旅行日記 エルネスト・チェ・ゲバラ 現代企画室 19971008/初版第1刷
□ 10年目の「センチメンタルな旅」 荒木経惟・陽子 冬樹社 19820707/初版第1刷
□ ドゥエイン・マイケルズ写真展 図録 Duane Micals PPS通信社 19990203/初版
□ WHAT IS OMA ヴェロニク・パテヴ TOTO出版 20050530/初版第1刷
□ シュルレアリスム簡約辞典 ブルトン/エリュアール 現代思潮社 19710630/初版
□ 今日をひらく 太陽との対話 岡本太郎 講談社 19670324/第1刷
□ 愛書狂 生田耕作編訳 白水社 19810305/第4刷
□ 月曜日は最悪だとみんなは言うけれど 村上春樹編・訳 中央公論新社 20000510/初版
□ 5Bの鉛筆で書いた 片岡義男 PHP研究所 19830725/第1刷
□ はだか 谷川俊太郎詩集 谷川俊太郎 筑摩書房 19880730/第6刷
□ 春灯雑記 司馬遼太郎 朝日新聞社 19911101/第1刷
□ 十六の話 司馬遼太郎 中央公論社 19931020/初版
□ 続 大きな約束 椎名誠 集英社 20090630/第2刷
□ 名残り火 藤原伊織 文藝春秋 20070930/第1刷
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最近追加した「これが HIP ! だ」のブックリスト。
SPOTLIGHT 企画、「 his master’s choice – BOOKS+コトバノイエ 晶文社の30冊 」公開中。