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2009.12.21

move around, go travelling

wildocean.JPG

盲目的に、スーザン・ソンタグ(1933-2004)が好きだ。
才色兼備、異性に興味がないらしいのが残念だけれど、とにかくイイ女だと思う。

「反解釈」「ラディカルな意志のスタイル」「土星の徴しの下に」「 I, etcetera 」

挑発的なタイトルを持つ彼女の作品たち。

コトバノイエのブックリストのなかでは、澁澤龍彦やカポーティや花田清輝や吉本隆明なんかと
同じように、本棚に本はたくさんあるのに実はまだほとんど読んでいない、というちょっと微妙な
ジャンルに属する人だけれど、彼女の本が本棚にあるだけで、なんとなく気分がいいのだ。

丸善の画集の上に置かれた「檸檬」、みたいな感じかな。

そんなソンタグの本がまた一冊増えた、久しぶりの新刊買いである。

□ 良心の領界    スーザン・ソンタグ    NTT出版   20060421/初版第4刷

ソンタグが最後に来日した2002年に、彼女を囲んで行われたシンポジウムを中心に編まれた、
エッセイと講演のコレクションだ。

1  シンポジウム「この時代に思う–共感と相克」   Tokyo 2002/4
  (パネリスト=浅田彰+磯崎新+姜尚中+木幡和枝+田中康夫)
2  現実の戦闘と空疎な暗喩     New York Times  2002/9
3 「デア・シュピーゲル」インタヴュー  Der Spigel    2003/3
4  勇気と抵抗について  オスカール・ロメロ賞授与式基調講演  2003/3
5  インドさながらの世界―文学の翻訳について  聖ヒエロニスム記念講演  2002/9
6  文学は自由そのものである  ドイツ平和賞受賞記念講演  2003/10
7  美についての議論  Daedalus  2002/Autumn

いかにもソンタグらしい手強そうなタイトルが並ぶが、なによりも彼女がこの本に寄せた、
序文のメッセージが心に残る。

この本のタイトルにもなった「良心の領界 (The Territory of Conscience) 」という一文。

それは、このように始まる。

人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、また歪められてきたかの軌跡です。
注意力(アテンション)の形成は、教育の、また文化そのもののまごうかたなきあらわれです。
人はつねに成長します。注意力を増大させ高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。
新しい刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。
The pattern of people’s lives is a track based on how one’s attention has been formed and how it has been warped. Forms of attention are exactly the outcomes of education and culture themselves.
People always grow. What increases and elevates one’s attention are the proprieties that people show against alien things. It’s hard to take in new stimuli and to work on it.

彼女が言う ” attention ” は、「注意力」というより、「思いやり」といったニュアンスだろう。
そしてそれは、自分とは違うものや理解できないものに対する礼節から始まるのだと言っている。
そういう新しい刺激を受け入れ、取り組むのはけっこう難しいことなんだとも。

つまり、わけのわからないものを怖れずに、真っすぐにものごとを見つめようということだ。
そのために本を読むのは、ひとつのアイデアだと提案する。

本をたくさん読んでください。
本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。
その期待を持続すること。
二度読む価値のない本は、読む価値はありません。
(ちなみに、これは映画についても言えることです)
Read books a lot.
Books filled with something big that awakes pleasure or that deepens you.
Keep up your expectations.
The books which aren’t worthy of reading twice aren’t worth reading.
(By the way, we can say the same thing about movies.)

もちろん注意すべきこともある。

言語のスラム街に沈み込まないよう気をつけること。
Be careful not to sink into the slam of words.

言葉が指し示す具体的な、生きられた現実を想像するよう努力してください。
たとえば、「戦争」というような言葉。
Try to imagine the specific, lived reality.
For example, the word such as “war.”

極めつけはこのメッセージ。
すでにいくつかのウェブサイト上で紹介されているから、知っている人がいるかもしれない。

それは、こんな風だ。

動き回ってください。旅をすること。
しばらくのあいだ、よその国に住むこと。
けっして旅することをやめないこと。
もしはるか遠くまで行くことができないなら、
その場合は、独りでいられる場所により深く入り込んでいくこと。
時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。
場所が時間の埋めあわせをしてくれます。
Move around. Go travelling.
Live abroad for a while.
Never stop travelling.
If you can’t go far away,
in that case go deeply into places you can be by yourself.
Even if time is disappearing, places are always there.
Places compensate for time.

なんとも刺激的なフレーズ。
ソンタグのポジティブな思想そのものが、くっきりと表現されている。

簡単なことを難しく表現するのは、彼女のひとつのスタイルだが、この文章はとてもシンプルで、
この一文にめぐりあっただけでも、この本の価値がある。

そして、さらにこんな言葉を続けられるのが、彼女がすこぶる男前な批評家たる所以である。

世界では、ではビジネスが支配的な活動に、金もうけが支配的な基準になっています。
ビジネスに対抗する場所、あるいはビジネスを無視するという考え方を持ち続けてください。
独りになりたいと考えるなら、脆弱で、気持ちの足りないものごとに対抗するパワーになり得ます。
In this world, businesses are dominant activities, and making money is a dominant standard.
Maintain the philosophy of places to counter business or don’t care about business.
If you want to be by yourself, you can be a power to counter the things that are weak and lack heart. 

暴力を嫌悪すること。国家の虚飾と自己愛を嫌悪すること。
Hate violence. Hate the decollation and narcissism of the country.

少なくとも一日一回は、もし自分が、パスポートや冷蔵庫や電話をもたずにこの地球上に生き、
飛行機に一度も乗ったことのない、膨大で圧倒的な数の人々の一員だったら、と想像してみてください。
Imagine at least once a day that if you are one of the majority who live on the earth
without passports, fridges, and phones and who have never got on planes.

サブタイトルが、” 若い読者へのアドバイス(Advice for Young Readers) ” 、
そして、「これはずっと自分自身に言いかせていることでもあるんだけど」、とその傍書きにある。

おそらく死の病床で記されたこの文章は、その年に亡くなったソンタグの遺言としか思えない。

Comfort isolates.
安寧は人を孤立化させる。

Solitude limits solidarity ; solidarity corrupts solitude
孤独は連帯を制限する、連帯は孤独を堕落させる。

by Suzan Sontag

「女は何かをめざしたら、決してためらわないということを、そしてそのすべてが言葉にできるのだということを、
そのマグネティックな魅力に富んだラディカル・スタイルをもって告げつづけた人である( by Seigow )」

世の中のすべての女性に、彼女の存在を知ってもらいたい。

*

師走の本買記

電車で本買いなんてできるもんじゃないと、よくわかった。
36冊の本をかかえて地下鉄を乗り降りするなんて、正気の沙汰じゃない。
いまさらだけど、本ってすごく重いのだ。

□ 行きつけの店    山口瞳    TBSブリタニカ   19930615/初版第3刷

内容も濃く、造本も美しいこの本が、マーケットプレイスではバカみたいな安値で売られているけれど、
その本に、山口瞳の達筆の揮毫と落款があるとしたら、話は別だろう。

こういうものを書き終わって、いま私の心に残るものは、意外にも ” 時の移ろい ” である。
あれが美味かった、あそこの眺めがよかったではなく、あの時のあの人の笑顔がよかった
という類いのことである。それは私の瞼に焼きついている。私はそのことに驚く。

この律儀な文体が山口瞳。
草競馬放浪記、温泉へ行こう、新東京百景、血涙十番勝負、この人の紀行エッセイの味わいは格別だ。
ライフスタイルはちょっと粋すぎて、とても真似ができそうもないが、軽妙で簡素で滋味深い文章には
ちょっと憧れる。先生とでも呼びたい気分だ。

太田和彦の装幀も秀逸。

□ Walk Away Rene : Work of Hipgnosis    HIPGNOSIS   PAPER TIGER  19780701 

12インチのマジック。

ヒプノシスは、70年代にピンク・フロイドやレッド・ツェッペリンといったのレコード・ジャケットを、
知的でシュールな感覚(それもCGじゃなく)でデザインした英国のデザインチームだ。

ロックを感じさせるデザインということでは、間違いなく最高のチームだし、なによりもイギリスっぽい。
12インチのスリーブデザインをアートに高めたのは、このチームの功績だろう。

この本は、かれらの唯一の作品集、A4サイズのソフトカバーに、彼らが1968年から1978年までの
10年間にデザインした、ほぼすべてのグラフィックが網羅されている。

CGではない。
時代なのかも知れないが、研ぎすまされた感性は、デジタルでは表現できないと信じたい。

□ ブライアン・イーノ    エリック・タム    水声社   19940605/第1版第1刷

今年の始めには、デヴィッド・バーンのコンサート(イーノとの共作のプロモーションツアーだった)、
つい先日もアンヴィエント・シリーズの「The Plateaux of Mirror」と彼がプロデュースした Coldplay
の「Viva La Vida」を買ったし、ダウンロードしたiPhoneアプリの” Bloom ” もとても気に入っていて、
あんまり意識していなかったけれど、けっこうイーノが好きなんだと気がついた。

そこでイーノの本。
もう一冊「 A YEAR 」という1995年のブログ風の日記があるが、そっちはちょっと高すぎる。

この本は、バークレーで博士号をとった音楽学者が分析したブライアン・イーノとその作品の評論集だ。
自身の博士論文を展開させたものらしい。

単独のミュージシャンやその音楽を解説した本というのは、基本的には退屈で、この本も例外ではない。
ただ、イーノのような多面体を俯瞰的に理解しようとするなら、ガイドブックは必要だろう。
この本なら、その役割を果たしてくれるに違いない。

そういう意味では、なかなか読みごたえのある力作だ。

□ 偏愛的作家論    澁澤龍彦    青土社   19720610/初版

石川淳、三島由紀夫、稲垣足穂、野坂昭如から瀧口修造、泉鏡花、花田清輝そして江戸川乱歩、
久生十蘭、小栗虫太郎など、澁澤さんが偏愛するという日本の作家24人の様々が、語られている。

いつもながら、シンプルで美しい造本。

書評や月報といった雑文の寄せ集めだから、「作家論」というタイトルはやや羊頭狗肉だ、と本人は
述懐しているが、どういうメディアで発表するにしても、自分の書くものに手を抜けるような人では
ないはずだから、どの文章も澁澤的美学にあふれた批評として、完成されている。

いかにも真面目な文体なので、つい難しく読んでしまいそうになるけれど、じつはユーモアに溢れて
いるのがこの人の持ち味でもある。 ユーモアは、知性のひとつの表現なんだから。

これが要するに私の好きな近代現代の作家たちで、好きでない作家については、私はもともと
文章を書かないから、すべてオマージュに終始している。

小林秀雄のいうように、作品や作家に対する愛がなければ批評なんてできるものではないし、
そもそも人は、たとえそれが文章のプロであっても、好きなもの、あるいは嫌いなものについてしか
語ることはできないのだ。
そして、「嫌いなもの」と「好きなもの」は、ひとりの人間の中では、ほぼ同義語と考えていい。

読んだわけではない。
ソンタグと同じように、本棚に澁澤龍彦の本があるということが、なによりも大切なことなんだ。
ひょっとしたら、そのことを「偏愛」というんだろうか。

□ ROLLING STONE/THE COMPLETE COVERS 1867-1997 Jann.S.Wenner ABRAMS 19980330  
□ 東洋の美学    水尾比呂志    美術出版社   19630820/初版 
□ ワーズ・ワード    ジャン=クロード・コルベイユ    同朋社出版  19931225/第1刷 
□ 初稿  眼球譚    バタイユ/オーシュ卿    奢霸都館   199702/初版 
□ 重森三玲 庭園の全貌    中田勝康    学芸出版社   20090920/第1版第1刷
□ 捨てるVS拾う 私の肯定的条件と否定的条件    横尾忠則    NHK出版   20030130/第1刷
□ エスケイプ/アブセント    絲山秋子    新潮社   20061220/初版
□ シュガーな俺    平山瑞穂    世界文化社   20061110/初版第1刷
□ クライムクラブにようこそ スクラップブック18   植草甚一   晶文社  19780120/初版

*

BOOKS+コトバノイエのポップアップストア「 one coin / one note 」が、中津にオープンしています。
12月・1月の期間限定のブックショップなので、ぜひお越しください。
年末年始( 12/27 – 1/5)と日曜はOFF、店主は水曜日に必ず在店いたしております。

I wish you a Merry Christmas and a Happy New Year !

http://kotobanoie.com/