BLOG

2007.10.25

just one more long shot

topgunS.JPG

Horse Racing !

今週クラシックレースの菊花賞が終わり、来週はもうひとつのビッグレース天皇賞、秋競馬である。

女の子や学生たちが競馬場に溢れかえり、ジョッキーたちがアイドルのようだった過熱が過ぎ去り、

競馬場には、以前そうだったように、少しためらいがちな熱情が戻ってきているらしい。

もう際立った熱狂や興奮はないけれど、3-4年ごと繰りかえされるそれぞれのサイクルと、受け継がれる大河

のような血のドラマは、たとえばそれを20年も続けていると、自分が贔屓にしていた馬の仔の、その父に似た

ギャロップの姿や、名牝と呼ばれた母のから生まれた兄弟の闘いなどの 観戦者となることを赦してくれる。

競馬が「ブラッドスポーツ」ともいわれる所以である。

ギャンブルとしてはいちばんポピュラーで、よく新聞で横領したお金を「競馬などで使った」なんていう記事を

見かけるけれど、もともとはステークスとして、馬主たちがそれぞれの馬を自慢しあい、競争させ、自分の馬に

賭け( bet )して遊んだことが始まりだから、実は賭け事としてはかなり効率の悪いもので、単純な博打としてじゃ

なく、レースそのものの推理を楽しんだり、サラブレッドという美しい動物そのものに魅かれなければ、ほんとう

の意味で競馬を楽しむということにならないんじゃないかと思う。

もちろん「アームチェア・ディテクテブ」のように書斎でいろいろな馬やレースのことに思いを馳せるのも、その

大きな愉しみのひとつで、300年前たった3頭のサラブレッドから始まったこのドラマ(たとえばあのディープ・

インパクトも、この3頭のなかの1頭であるダーレイアラビアンの25代目の子孫なのだ)を、本の世界の中で巡る

こともできるし、馬券の研究はもちろん競馬新聞のあの小さな活字からだ。

 

昭和47年に発行された、旧い競馬の本を見つけた。

野平祐二は正義の騎手か   武智鉄二  都市出版社    19720510 初版

武智鉄二は演劇畑の人で、映画監督として愛染恭子・佐藤慶のホンバン映画「白日夢」でその名前を知られた人

だが、競馬にもずいぶん入れ込んでいたようで、当時のスタージョッキーだった野平祐二(のちに名馬シンボリ

ルドルフの調教師)や、賭け事を諸悪の根源とする当時の美濃部東京都知事に噛み付いているのが面白い。

「ファンは無頼であるべきだ」というコラムでは、

「ファンたるもの損をするために競馬をやっているという自覚を持とう。損をすることによって、自分たちが疎外者

の立場にいるものだという社会階級観を、実践を通して、把握すること。このことがいちばん大切なのではないか。

ファンが複数として集結される時、われらは無頼の徒と呼ばれるであろう。そうしてこの無頼の徒こそ、パリ革命や

ソビエト革命の実践的エネルギーだったのだ。」

と左翼的にアジっている。

いかにもその時代の雰囲気です。

 

そして、競馬の本といえばやはり寺山修司、競馬に関する文章でこの人を越えた人はまだいないと思う。

競馬場で逢おう    寺山修司  JICC出版局  19881225 初版

競馬放浪記    寺山修司   新書館   19900705 新装版3刷

印象的なエッセイや、スシ屋の政、トルコの桃ちゃんといった市井の馬券人たちが登場する馬券予想のコラムで、

彼は競馬が馬券だけではないんだということを教えてくれた。

独特の文体、叙情そして虚々実々の物語、何よりも競馬に対する愛と理解が圧倒的に深い。

 

「結局、平均すれば負けているでしょう」と尋ねた記者に、「あんたの人生は平均すると笑ってますか、泣いてますか」

と問い返したのはこの人の真骨頂だろう。

けっきょく平均することなんて、馬券じゃなくてもたいして意味のないことなんだ。

寺山修司は、あれだけ愛したミスターシービーと吉永正人のダービーを見ることなく逝った。

毎年東京競馬場に通って観戦していたダービー(正式名称は「東京優駿」)も、今はTVでしか見ることはないけれど、

5月の最終週に開催されるこのレースを見ると、次のダービーを観るためだけに、来年まで生きていたいと思う。

競馬場で逢おう