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2011.08.31

going, going, gone

shiplope.JPG

海が見えた。
海が見える。
五年振りに見る、尾道の海はなつかしい。
汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が提灯のように拡がって来る。
赤い千光寺の塔が見える、山は爽やかな若葉だ。
緑色の海向こうにドックの赤い船が、帆柱を空に突きさしている。
私は涙があふれていた。

『放浪記』のこの印象的な一節が彫られた林芙美子の文学碑は、尾道の町を一望する千光寺山の
中腹に建てられていて、そこから眺める海は、キラキラと銀色に輝いていた。

ふだん海をゆっくりと眺める機会がないので、夏の旅は海の町と決めている。

尾道は、その林芙美子の碑を見に行ったようなものだが、じつは「放浪記」を読みおえた記憶がない。
なんとなく、「私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。」という冒頭のフレーズと(「秋が
来たんだ。」という初出誌のはじまりも捨てがたいけれど)、そしてこの碑に残されている故郷尾道の
描写だけで、読んだ気になっている。

尾道の海は、目の前に造船所のある向島が迫っていることもあって、ゆったりと流れる大きな河のようだ。

その河のような海に、小さな町がはりつくように広がっていて、2号線と線路を超えれば、すぐに坂道。

おもちゃのようなロープウェイに乗って千光寺という赤い塔のある山に登れば、そのこじんまりとした町が
一望できる。まるで神戸のミニチュアを眺めているようだが、よくみると家々に気候の良い瀬戸内の
佇まいがあって、やっぱり旅にでているんだという気になってきた。

島の向こうに沈む絵葉書のような夕陽。

瀬戸内の旅。

島と島を縫うように架かるいくつもの橋を走りながら想う、人間の限りない英知とその傲慢。
海の家でしょっぱい口に放り込むカレーの懐かしい味(どこでも同じ味なんだ)。
移築ではなく再現されたというシルバーハットのテラスから眺める瀬戸内の島々。
シャッターが閉ざされ、都市の遺跡のように見える駅前のアーケード。
谷口吉生が設計した美術館の、その企みに翻弄されながら観るSUGIMOTO PHOTO。
骨付鳥の甘み。
そして、白壁の街並みにひっそりと佇む古本屋。

真夏の光と風。

same old story.
子供との海水浴からはじまったこの夏の旅も、あとどれくらい続けられるんだろうと、ふと思う。

夏が終わる。

*

晩夏の本買い。

のんびりと勝手気侭に続けていた本買いに、少し変化の兆しを感じている。

それは、こういう本を探してほしいという依頼や、あの本棚にはこういう本が似合いそうだという
思惑買いが増えてきたからで、もちろん単に本を販売するだけでなく、ライブラリーを造ることを
標榜するものとしてそれは本筋といえることだし、面白そうな本を探すということに変わりようが
ないわけだから、目に見えるような変化ではないんだけれど、これまでのまるで自由なそれと
比べると、なんとなくちょっと不充足を感じていたりする。

ひょっとしたら、フェイズを上げていく時期なのかもしれない、と思ったり。

□ 空間感 sense of space   杉本博司   マガジンハウス   20110811/第1刷

美術館建築は、いまやスター建築家にとっての表舞台だ。

安藤忠雄やフランク・ゲイリーに例をとるまでもなく、美術館は現代の神殿として、先鋭を競っている。
そしてアーティストは、そのプレゼンテーションにおいて、その空間と対峙しなければならない。

もちろんその神殿で、自身の作品だけを展示できる「個展」というステージに現役で辿りつける
アーティストは、世界でもほんの一握りだが、杉本博司はこの15年で、そこに上り詰めたひとりだ。

その彼がユーザーとして立ち向かった名だたる美術館を評論した「攻防記」がこの一冊。
つまり杉本博司による「美術館ミシュラン」で、巻末には採点表も付記されている。

杉本博司がその評価のひとつのモノサシとしているのが「光」だ。

私は美術品とは光りを受け続けて美しくなるものだと思っている。現代美術もいつかは古美術
になる。まずは時代の評価に生き残り、次に時間の試練に耐え、光りに晒されて、そして戦争
や天変地異からも遁れ、そうして生き残ることができた美術品に、作品の重みのようなものが
付与されるのだ。美術品を美術館の暗い倉庫に幽閉して、光を当てずに劣化する時間を止めて
しまおうという考え方は、時間に対する人間の傲慢だと私は思う

ちなみに見事に杉本博司のファイブスターの獲得した美術館は、この8つ(掲載順)。

ハラミュージアムアーク/磯崎新 
プレゲンツ美術館/ピーター・ズントー
銀座メゾンエルメス/レンゾ・ピアノ
ピューリッツァー美術館/安藤忠雄
ハーシュホーン美術館・彫刻庭園/ゴードン・バンシャフト
ニュー・ナショナルギャラリー/ミース・ファン・デル・ローエ
金沢21世紀美術館/SANAA
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館/谷口吉生

それぞれの理由も、なるほどと得心できることばかりで、こんな風に「ユーザー」の声が聞けることは、
まずめったにないだろう。

そしていつも不思議に思っていた「何故、美術館建築には無謀が許されるのか」ということにも、
「それは建築の、美術に対するコンプレックスが裏返された、建築のアートに対する復讐だからだ」
というアーティストからの一刀両断が附に落ちた。

私が好むのは、時代に超然としている建築だ。現代美術の作品にも同じこと言えるのだが、
いまという時代を生きながら、百年先の視点に立って、我が身を振り返る視点を持つことは、
極めて難しい。振り返ることしか出来ない歴史を、逆の方向に見る力こそが、建築家に求められている。

初出は『CASA BRUTUS』2009/5 – 2011/7 の連載。

□ 山田風太郎忍法全集 1-15   山田風太郎   講談社   19631130/第2刷 —

唯一無二。

それをはっきりと文学と呼べるかどうかあまり自信はないが、忍者たちが繰り出す忍法の破天荒は、
シュールをはるかに超えていて、古今東西の「読み物」で、この山田風太郎の忍法帖に比類できる
綺譚はないと断言できる。

シリーズとしては、佐伯俊男画伯のエログロなカバーとショッキングピンクの背表紙の角川文庫版の
印象が強いが、累計300万部以上というこの講談社の全集の揃いが均一棚で見つかったのは僥倖
としか言いようがない。

昭和サブカルチャーの大切な記憶のひとつ。

□ 笑殺の美学   中原弓彦   大光社   19710225/初版

小林信彦の幻の一冊を見つけた。

「映像における笑いとは何か」というサブタイトルをもつ喜劇論で、まだ小林信彦になる前の作品。

処女評論集『喜劇の王様たち』からこの『笑殺の美学』、そして『世界の喜劇人』『日本の喜劇人』
へと続く流れは、それまで体系的に語られることのなかった映画や演芸における「笑い」を、サブ
カルチャーとして考察した評論として、今も喜劇論の底本になっている。

この一連シリーズの完成度が高かったせいか、70年代以降は喜劇そのものを論評することは
なくなったが、「笑い」や「ユーモア」は、小林作品のバックグラウンドであり続けているし、植木等、
藤山寛美、横山やすし、渥美清、森繁久彌といった、彼が実際に接した喜劇人の評伝やエッセイも
断続的に発表している。

まあそれよりもなによりも、コレクターとしてレアな一冊が手に入ったことがなによりなわけで。

建築やデザインや写真や絵画と戯れる

□ 建築心理入門   小林重順   彰国社   19671120/第2版3刷
□ 建築家という生き方   日経アーキテクチュア編   日経BP社  20030501/初版5刷
□ 「箱」の構築   難波和彦   TOTO出版   20040420/初版第3刷
□ VITRA DESIGN MUSEUM   Frank O.Gehry   GA Design Center  1993
□ CATALOG   Carin Goldberg   StC2001
□ 異貌の神々   栗田勇   美術出版社   19710510/再版
□ ビデオ・レンタル・ストアが閉っていて、悲しい。 マーク・コスタビ  トレヴィル 19881125初版
□ 彼らが写真を手にした切実さを   大竹昭子   平凡社  20110620/初版第1刷

美しき日本の残像

□ 神秘日本   岡本太郎   中央公論社   19690614/3版
□ 熊野詣 三山信仰と文化   五来重   淡交新社   19671115/初版
□ 日本の音   コロナ・ブックス編   平凡社   20110722/初版第1刷
□ 続・能と能面の世界   中村保雄   淡交新社   19630829/初版
□ 沖縄の人文 柳宗悦選集第5巻   日本民藝協会編   春秋社  19730210/新装版第3刷
□ 不思議面白古裂館   林宏樹編 赤瀬川原平文  里文出版  20050225/初版

読む音楽も面白い

□ ザ・リアル フランク・ザッパブック   フランク・ザッパ  白夜書房  19910420/初版第1刷
□ チャーリー・パーカーの伝説   ロバート・ジョージ・ライズナー   晶文社  19980330/初版

エッセイや小説など

□ オトコの気持ち   田中小実昌   日本経済新聞社   19860324/1刷
□ 踊る地平線 長谷川海太郎伝   室謙二  晶文社  19850125/初版
□ 歩くひとりもの   津野海太郎   思想の科学社   19930710/第2刷
□ 村上龍映画小説集   村上龍   講談社   19950630/第1刷
□ 高円寺古本酒場ものがたり   狩野俊   晶文社   20080808/初版
□ 台所のおと   幸田文   講談社   19930315/第5刷
□ 「三島由紀夫」とはなにものだったのか   橋本治   新潮社   2002021/2刷
□ 慶応三年生まれ七人の旋毛曲り   坪内祐三   マガジンハウス   20010322/第1刷
□ ぼくのニューヨーク案内   植草甚一   晶文社   19800420/3刷
□ ピーナツ・バターで始める朝   片岡義男   東京書籍   20090801/第1刷
□ 24365東京   北山孝雄+北山創造研究所   集英社   20030531
□ ウィリアム・バロウズと夕食を   ヴィクター・ボクリス   思潮社  19911001/第2刷
□ S&G グレイテスト・ヒッツ+1   橋本治   大和書房  19880705/新装版第1刷
□ 開高健 自選短編集   開高健   読売新聞社   19810731第3刷

買い直しあるいはダブり

□ 日本の名随筆 陶   白洲正子編   作品社   20011030/第26刷
□ 黄金分割   柳亮   美術出版社   19650731
□ 鍵   谷崎潤一郎   中央公論社   1957020/18版
□ 建築を語る   安藤忠雄   東京大学出版会   19990615/第2刷
□ 風土   和辻哲郎   岩波書店   19730430/第40刷
□ 日本の香り   平凡社   20050924初版/第1刷
□ 連戦連敗   安藤忠雄   東京大学出版会   20011025/第5刷
□ 月の本   林完次   角川書店   20000625/初版
□ 風の又三郎   宮澤賢治   ほるぷ出版   197202/復刻版
□ Katachi – 日本のかたち   岩宮 武二   ピエブックス  19990609/初版1刷
□ 一色一生   志村ふくみ   求龍堂   19880130/第22刷
□ 住 日本人のくらし   秋岡芳夫   玉川大学出版部   1977
□ 日本の工芸4 紙   田中親美/水尾比呂志   淡交新社   19660410/初版
□ 建築家たちの20代  東京大学安藤忠雄研究室編   TOTO出版  20000125/初版第5刷
□ derek jarman’s garden   Thames & HUDSON   2009reprinted

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