名刺のデザインをお願いしていたYさんが、その友人たちを連れて本買ツアーにやってきてくれた。
このプロジェクトを始めるときに、できればネットでの売り買いだけじゃなく、本を通しての「出会い」のようなものがないと面白くないんじゃないかと考えて、ブックショップという看板を揚げたわけだけれど、オープンしてから70余日、まったく会ったことのない人たちを、それも本買のお客様として迎えるのは、初めてのことだ。
そう簡単にショップとしては訪れていただけないだろうなあというのは、けっしてカスタマー・フレンドリーとはいえないwebsiteの体裁や by appointment なんていうスタイルから考えても、当然といえば当然のことで、あらかじめ予想はしていたことなんだけれど、それでもやはりちょっとした期待感はもっていて、来ていただいたときの「おもてなし」のことなどを少し考えたりもしていた。
ご一行はYさんを含めて4人、グラフィック・デザイナーと若手の雑誌編集者という構成。
「美味礼賛」のサヴァランじゃないけれど、その人がどんな本が好きかってことがわかれば、なんとなく感じとれるニュアンスがあるので、それぞれの人がどんな本に興味を持って、何を買っていくのか興味津々だったけれど、自分の本棚から誰かが本を選んで、そしてそれを買っていくのを眺めるというのは、想像以上にスリリングな体験だった。
たとえば、気鋭の女性エディターSさんのセレクション。
□ 沖縄の人文 柳宗悦 春秋社 19720520 新装版1刷
□ 民窯の旅 水尾比呂志 芸艸堂 19720720 1刷
□ 美と宗教の発見 梅原猛 筑摩書房 19670510 2刷
□ 消費のなかの芸 吉本隆明 ロッキング・オン 19960710 初版
そして極めつけが、
□ 日本文化私觀 坂口安吾 文體社 19431205 1刷 1圓90銭
なだらかな統一感、ひねりのきいたスパイス(吉本隆明)、一皿の料理といった趣のある彼女のセレクションは、marvelous としかいいようがありません。
お気に入りの本が本棚から消えていくのはちょっと淋しいけれど、ああいうホワッとした雰囲気の中で、顔の見える人たちの手に渡っていくのであれば、それはその本が right place を見つけたっていうことなんだろうし、まあ本棚が変わっただけだと考えれば、それはそれで悪くない。
BOOKS+コトバノイエが、この日過去最高の売り上げを記録したのは言うまでもありません。
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本買は、一時の不作を少し脱した感じ。
思わぬ売上に調子づいてやや買い過ぎたきらいもなくはないけれど、けっこう面白そうな本も見つかっ
ていて、買えるときに買っておくというのが本買の鉄則だから、この気配が続いてくれることを祈りつつ。
□ 信長 坂口安吾 筑摩書房 19550315 初版
当店の本尊ともいえる無頼派安吾の没年発行、それも初版本なんて買わずにおれるか。
司馬史観とはまったくちがう視点ですが、信長に関してはこの一冊で充分でしょう。
信長と安吾は、「合理性」という価値観で通底しています。
□ 伊丹十三の本 「考える人」編集部編 新潮社 2005042 初版
中村好文設計の「伊丹十三記念館」がきっかけになったのかもしれないが、なんとなく再評価の気配。
晩年の映画監督としての仕事もこの人らしいウィットに溢れたものだったけれど、なんといってもエッセイの面白さが群を抜いていてる。
「アルデンテ」を日常のコトバにしたのはこの人なんじゃないだろうか。
ディレッタントという言葉がいちばん似合う人だったんじゃないかと思います。
□ 私への帰還ー横尾忠則美術館 横尾忠則 1997
1997年に神戸と鎌倉を巡回した回顧展「TADANORI YOKOO PAINTING 1966-1997」の図録。
厚紙とモノクロ写真を使った装丁が美しい。
画家としてももちろんだけれど、イラストレーションの作品を見ていると、時代をリードした感性の存在をはっきりと、そしてリアルに感じます。
デザインもアートも魂(=愛)がすべてなんだと思い知らされる。原寸で見てみたい。
□ 豹(ジャガー)の眼 唐十郎 毎日新聞社 19801025 初版
唐十郎と紅テントは70年代のカルトのひとつだ。
今では考えられないけれど、唐十郎/李麗仙の「状況劇場」、寺山修司の「天井桟敷」、佐藤信の「黒
テント」、アングラと呼ばれたアバンギャルドな小劇団が旅公演で全国を巡っていた時代があったんだ。
この人が横浜国大の教授をしていたというのは驚き、そして紫綬褒章を辞退したのはさすが。
□ 稲垣足穂全集 4 少年愛の美学 稲垣足穂 20010115 初版
この前書いた「ちょっと変わったサブカルじいさん」のひとり。
書いていることはイマイチよくわからないけれど、ただならぬ気配だけはひしひしと感じるのだ。
この「少年愛の美学」は第1回日本文学大賞の受賞作だそうです。
□ 忘れられた日本 沖縄文化論 岡本太郎 中央公論社 19610225 再版
なんといってもこの人の撮った沖縄の写真が圧倒的に素晴らしい。
「沖縄・日本をひっくるめて、この文化は東洋文化ではないということだ。地理的にはアジアだが、アジア
大陸の運命はしょっていない。むしろ太平洋の島興文化と考えるべきである。」という視点は、今日の
状況においても何かを示唆している気がします。