ある日、DVDが届いた。
ほとんど忘れていたんだけれど、京都精華大学の創立40周年記念事業として限定5000部で、
無料配布(転売できないように、形式的に期間を定めない無償貸与というカタチになっている)
されている吉本隆明のインタビューDVDを、一ヶ月ほど前に申し込んでいたのだった。
□ 吉本隆明語る 思想を生きる 吉本隆明/聞き手 笠原芳光 2009 京都精華大学
じつは吉本隆明をきちんと読み通したことがない。
もちろん「悲劇の解読」、「重層的な非決定へ」、「言語にとって美とはなにか」など彼の著作の
何冊かは本棚にあって、どの本も本棚にあると他のどんな本にもないたたずまいをもっているから、
とても気に入っているんだけれど、いざ読もうとすると、これがなかなか手強い。
ただなんとなく気にはなる人(ばななの父としてだけじゃなく)だから、雑誌「SIGHT」や、ウェブの
「ほぼ日」なんかでのインタヴューはけっこう読んでいて、そのストレートな語り口に垣間見える
奥の深い思想家としての片鱗に、魅力を感じていた。なによりも、糸井重里や渋谷陽一といった、
一癖ある人たちから、respect されているということの印象が強い。
いまどきはっきりと「思想家」といえる日本人はこの人くらいじゃないかと思うし、どんなことでも、
潔く言いきるところが、視えている思想家たる所以かとも思う。
動く吉本隆明。
2008年12月2日自宅でのインタヴュー。
本論とはあまり関係ないことだけれど、大きく4つのパートに分かれるインタヴューの間にカットイン
される狭い書斎のそのありさまが凄い。
本に塗れた、としか表現できない混沌とした空間と、その片隅で猫と戯れる吉本隆明のしどけない姿。
そこでさまざまな思索がなされ、あの評論や詩が創造されたのかと思うと、このシーンこそが
このDVDの白眉かもしれないとさえ思う。
インタヴューは、「自由自治」を標榜した京都精華大学の初代学長岡本清一との出会いの話から。
じゃべっている姿を見るのは初めてだ。
話しているうちにだんだん熱が入ってくるし、熱が入ると身振り手振りが大きくなる。
ときたま咳。
岡本清一、平野謙、そして60年安保闘争(半世紀前の話だ)のことから始まる全学連のこと。
60年安保闘争で腹を括ったんです。こういうことってのは、自分が責任を負うっていうアレがなきゃ、
こりゃめったにやるもんじゃねえんだなあというのを、そのとき感じましたね。
「ぼくは単独だった」とけっして滑らかな口調ではなく。
思想家に頼るな、組織に頼るな、単独への覚悟をもてというのが、ひとつのメーッセージだ。
徒党をくまない、というのが彼の「自立の思想」の根源なのだ。
そしてインタビュアーの笠原芳光さんが、ファシズムと戦争のことに話をふると、
資本主義と結びついたナショナリズムがファシズムの定義なんです。
日本はファシズムだと思われてましたが、日本にあったのは農本主義的な民族主義で、
資本主義的なナショナリズムというのはほとんど存在しなかったんです。
そして
「ちょっといい気になると威張るのは日本人のクセだ。」
「正義も侵略もない、そんなのはみんな嘘っぱちで、戦争自体が悪で、それ以外にない。」
ときっぱりと断言する。
またインタヴューの最後で、いまの青年へのメッセージを、と問われて、
自分で考える、それだけしか言うことないですよ。
その人が固有に持っている、誰も変えられない個性とか、考え方とか、親から教わった生き方とか、
そいううある意味宿命のようなもの、生まれるところに生まれて、自分だけじゃどうしようもないけれど、
でも自分のものだっていうものを見つけられて(誰でも無意識には見つけていくわけですけど)、
その上で、人の生き方や社会がどうだこうだ、また国家はどうだっていうことを考えて、という風に
できたらもう言うことないんじゃないでしょうか。いちばんの問題は、あなたが自分の思ったとおりのことをやって間違えたら、間違えたってことは
自分のものであって、誰か他の人に代理してもらうことができないっていうことで、間違えたら間違えたで、
想いのとおり、資質のとおり、宿命のとおり、偽りなくアレして、そいでひでぇ目にあったら、ひでぇ目に
あったということも、たいへん参ったということもあるでしょうけど、ある意味でひでぇ目にあったおかげで、
少し利口になったっていうか、いい体験でもあったなということもありますから、まんざら捨てたもんじゃない。
自由のことを、彼は語っている。
自由は、それほど簡単ななことじゃないけれど、そこを目指していくしかないじゃないかというのが、
吉本隆明のスタンスだ。
エンディングにテロップで、「苦しくても己の歌を唱へ」という詩がながされる。
苦しくても己の歌を唱へ
己の他に悲しきものはない
つられて視てきた
もろもろの風景よ
わが友ら知り人らに
すべてを返済し
わが空しさを購はう
ボブ・ディランの Bringing It All Back Home という言葉がシンクロする。
哲学や思想ではなく、吉本さんの根底には詩というものがあって、そういうものでしか人間は解放され
得ないんだということを、ぼくたちに伝えてくれているような気がする。 そしてそれは、ヒッピー・ムーブ
メントの” Be on your own ” というメーッセージや、橋本治のいう「自分の頭で考える」ということなんかと、
ほとんど重なっている。
なんにしても、85歳になろうとするこの知の巨人の、訥々と話す姿には感銘を受けた。
「嘘がない」ということが、この人があらゆる層から信頼を受ける最大の理由じゃないかと思う。
言論の世界で、「ごまかさない」ことは、他のなによりも大切な心根なのだ。
*
初秋の本買記
□ こころの眼 アンリ・カルティエ・ブレッソン 岩波書店 20070720 第1刷
このまえブレッソンの写真集を買ったら、彼自身が書いたエッセイが現れた。
ブレッソンの文集というのはあまり見たことがなかったから、少し高いかなとおもったけれど get.
こういうのは、一期一会と思っておかないと、後悔するのだ。
□ 海の桃山記 山崎正和 朝日新聞社 19750630 初版
ヨーロッパへの紀行を、桃山の文化と重ねるというアイデアに脱帽。
そしてそれを山崎正和さんに依頼したという編集者の fine play でもある。
ポルトガルやスペインやイタリアのどこかに、あの桃山文化の一端が、あるに違いない。
□ 隆慶一郎短編全集 隆慶一郎 講談社 19951025 第2刷
時代物というのは食わず嫌いの多いジャンルだけれど、この隆慶一郎さんは、希代の本読み人
松岡正剛も思わずうなる手練れ、松岡さんは「千夜千冊」のなかで、この短編集ではないが、
デビュー作の「吉原御免状」を、
ぼくの親しいすべての後輩に勧めたことだけを、最後に申し添え、この作品を明日にでも
読み始めることを「千夜千冊」の読者にもなんとしてでも強要しておくことにする。
と絶賛している。
61歳というチョー遅い小説デビューで、しかも66歳で亡くなった人なので、作品の数は多くないが、
どれもクオリティが高い。そしてもちろん、この本に収められた16篇の短編も駄作がない。
小林秀雄に師事していた人だそうで、還暦を過ぎてから小説を書き始めた理由を、「小林秀雄が
生きてるうちはとても怖くて小説は書けないと思っていたから」、と語っている。
その気持ち、わかるような気がします。
とにかく時代物なら、山田風太郎の忍法帖か、この人しかありません。
□ 象の消滅 短編選集1980-1991 村上春樹 新潮社 20050330 初版
□ ル・コルビュジエとはだれか 磯崎新 王国社 20000229 初版
□ 大きな約束 椎名誠 集英社 20090210 第1刷
買わずもがなというか、また買わされちゃったというか。
3冊とも面白そうだし、面白いに違いないと思うけれど、チャレンジャブルな本買ではない。
ハルキの短編集は、ニューヨークのクノップフ社が編んだ英語版と同じ構成、同じ装丁で、しかも
手直しあり、逆翻訳あり、改題あり、しかもしかも書き下ろしのエッセイがつくという、ファンからすれば
とても魅力的な、そうじゃないものからすると、買ってからいうのもなんだけど、いかにもあざとい一冊。
ただ、短編の集成とすれば、これがいちばんいいかもしれない、装丁もいいし。
全体の流れがよく整っていて、読み通せば彼の短編作家としての資質がはっきりとわかる。
やはり編集者の能力がなければ、いい小説があっても、いい本にはならないのだ。
そして、またル・コルビュジエ。
なんか建築がらみで、コルビュジエはやや食傷気味で、もういいやなんて思っていたんだけれど、
「書ける」建築家、磯崎新が書いているのならと、つい手が出てしまった。
椎名誠は、岳物語の続編。 これもいかにもな感じだけれど、椎名誠の一連の私小説はなんとなく
切ない雰囲気がただよっていて、悪くないと思っている。
でもなんかちょっと照れくさくて、あんまりおおっぴらに言えないのがちょっとつらいところ。
□ 今夜も映画で眠れない ポーリーン・ケイル 東京書籍 19921111 第1刷
□ ビジネスランチをご一緒に ロン・ローゼンバウム 東京書籍 19921001 第1刷
□ グッド・ガール、バッド・ガール アンナ・クィンドレン 東京書籍 19921022 第1刷
□ あのチキンはどこへ行ったの? カルヴィン・トリリン 東京書籍 19930920 第1刷
東京書籍からのこの叢書、「アメリカ・コラムニスト全集」は、なかなか骨太な書き手が揃っていて、
いま集めているところ。
01 マンハッタンでラクダを飼う方法 ラッセル・ベイカー集
02 ママのミンクは、もういらない ノラ・エフロン集
03 ワイルド・パーティへようこそ トム・ウルフ集
04 スタジアムは君を忘れない マイク・ルピカ集
05 母の庭をさがして アリス・ウォーカー集 I
06 シーズン・チケット ロジャー・エンジェル集 I
07 ビジネス・ランチをご一緒に ロン・ローゼンバウム集
08 グッド・ガール、バッド・ガール アンナ・クィンドレン集
09 今夜も映画で眠れない ポーリン・ケイル集
10 続・母の庭をさがして アリス・ウォーカー集 II
11 天国はもう満員 ハンター・トンプソン集
12 レイク・ウォビゴンの人々 ギャリソン・キーラ集
13 あのチキンはどこへ行ったの? カルヴィン・トリリン集
14 戦場からリビングルームへ マイケル・アーレン集
15 球場へいこう ロジャー・エンジェル集 II
16 アップダイクの世界文学案内 ジョン・アップダイク集
17 ジャズに生きる ナット・ヘントフ集
18 人生はワールド・シリーズ トマス・ボスウェル集
19 60年代の過ぎた朝 ジョーン・ディディオン集
今のところ10冊。
もちろんお金をだせば手に入れることはできるが、それでは面白くない。
ハンター・トンプソンの11が難関で、アマゾン・マーケットプレイスでも高値がついている。
いわゆる「全集のキキメ」ってやつだ。
□ 日本の伝統 7 雅楽 ウィリアム・マーム/東儀和太郎 淡交新社 19680410 初版
□ 日本の伝統 1 生け花 ドナルド・リチー/伊藤ていじ 淡交新社 19680110 初版
このシリーズは、これで揃い。
1 の「生け花」がキキメだったのだ。
□ 原色の呪文 岡本太郎 文藝春秋 19680215 第1刷
□ 茶の美術 日本の美術15 林屋辰三郎 平凡社 19650915 再版
□ ANNIE LEIBOVITZ 1995 アニー・リーボビッツ写真展図録 日本テレビ放送網 1995
「茶の美術」が「読まず売れ」の買い直し。
この本は利休の二畳台目「待庵」の紙模型がついているのが the reason why .
ソンタグの恋人、Leibovitz のこの写真集は、たぶん3冊目。
写真展の図録で少し判型は小さいが、いい作品がすべてカラーで収められていて、価格も安いので、
こいういうのは「有ると買い」のアイテムだ。
岡田太郎は、なかなか巡りあう機会の少ない名著だから、ダブっているのはわかって買っていて、
Leibovitz のとは若干ニュアンスは違うが、こういうのも「有ると買い」の一種だろう。
どの本も買い直しだが、均一棚じゃない分、内容が濃い。
*
” SPOT LIGHT ” で新しい企画 「 select from selected 改め his master’s choice」 が進行中。
第一弾、「晶文社の30冊」は、近日公開予定です。